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2008年01月18日

巨人は絶対強くなります。。

この人の加入は大きい。ラミレス…。

2001年来日。1年目から29本塁打を放ち、主に7番打者としてチームのリーグ優勝および日本一に貢献。
2003年、読売ジャイアンツに移籍したロベルト・ペタジーニに代わって4番に座り、打点王・本塁打王・最多安打・ベストナインの各タイトルを獲得。
2004年末には代理人の意向もあって移籍が取り沙汰されたが、本人の希望もあってチームに残留。その際、義理の息子であるアレックス・ラミレス・ジュニアの入団が決め手となった。
2007年10月4日、横浜ベイスターズ21回戦(神宮)において、外国人選手、右打者としては史上初のシーズン200本安打を達成。最終的にはセリーグ歴代最多の204安打を記録した。
シーズン終了後、ヤクルト側との契約の折り合いがつかず、ヤクルト退団が決まり、11月30日に自由契約公示される。
12月29日、巨人への入団が正式に発表される。巨人初のビデオレターでの入団会見となった。

ヤクルトでは2003年以降、ペタジーニに替わるチームの4番打者として活躍。典型的な右の大砲であるが四球が少なく、2006年はシーズンを通して636打席中、19四球という少なさでセ・パ両リーグの中で出塁率最下位を記録した。
インコースに滅法強いが、その一方で外角低めに決まる(もしくはストライクからボールになる)スライダーに滅法弱く、空振り三振や強引に引っ掛けた併殺が多くなってしまい、三振数は来日から6年連続100三振以上を記録している。しかし2007年シーズンはバッティングスタイルが変化。常に長打狙いの打撃ではなく、アウトコースをライト方向へ流し打つなど成長を見せ、打率.343をマーク、四球の少ない傾向もあり右打者初の200本安打を達成した。
得点圏打率は高く、チャンスに強い(2003年から5年連続で100打点以上)。なお、2007年シーズン途中から同僚のアーロン・ガイエルに4番を譲り、3番を打つことが増えた。
初球から積極的に振りにいく打撃スタイルである。2007年の初球打ちの打率は、5割を超える。
また、打撃では2004年8月21日の阪神タイガース戦(神宮)でトレイ・ホッジスから1回2死にランニングホームランを放っている。これは阪神のライトの桧山進次郎が、詰まり気味のライト前ヒットにバウンドを合わし損ねて球がライト線に転がる間に一気に本塁を陥れたものである。
守備に関しては俊敏性が無く、苦手である。極稀に好守を披露するが、守備範囲は狭く、平均的な外野手なら捕れる飛球をヒットにしてしまうケースも少なくない。ただ、少年時代投手をしていたためか、肩の強さは外野手として及第点であり、補殺の記録も意外に多い。
ヤクルトでは2007年まで7シーズン在籍していた。活躍しても、短期で移籍・退団することが多いスワローズの外国人選手の中では異例の存在であった。
(以上、ウィキペディアより引用)

今年のヤクルト対巨人がみものですね!

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